未来は過去にある  The future in the past 06  ーエレガントを生きた女性ー 未来は過去にある  The future in the past 06  ーエレガントを生きた女性ー

未来は過去にある
The future in the past 06
ーエレガントを生きた女性ー

ワイドパンツをク?ルでエレガントに着こなすボ?イッシュなモダンガ?ル。女性として初の大西洋横断飛行に成功したアメリカ人、アメリア・イヤハ?ト(1897〜1937)は、前回の第5回「1920年代の女性達のスタイルとアバンギャルド」の中でも触れた、伝説のモガの代表であり、女性チャールズ・リンドバーグと称賛された歴史上の女性パイロットだ。アメリアは1897年カンサスに生まれ、戦後はNYのコロンビア大学で医学を学んでいる。小さい頃から活発だったアメリアは、大学時代の夏休みにLAの自宅に帰省した際この”乗りモノ”に出逢い、すぐさまのめり込んでいった。その後、ボストンで働きながら飛行訓練学校に通うことにしたが、周囲はそれが単なるお嬢様の趣味でしかないと思っていた。それがのちに彼女の生涯の仕事になったこと、皮肉にも運命の糸口の始まりであったことは、誰ひとりとして想像し得なかっただろう。アメリアは若々しくスポーティで、1920年代当時の女性達を引っ張っていく、先進的で憧れの女性の象徴だった。何しろ第一次大戦までは、女性がスラックスを履くことさえ許されない、保守的かつ封建的な時代だったのだ。彼女の存在は、時代が必要としたのかもしれない。
大西洋横断飛行に初めて飛んだのは1928年。2人のパイロットに同乗し、ボストン〜ニューファンドランド〜大西洋を渡り、イギリスのウェールズへ。ロンドンに招かれ、国賓級の大歓迎パーティでイギリスの皇太子と踊る写真がアメリカの新聞に大きく取り上げられると、アメリア人気に一層火がついた。NYに帰国すると、市長のジミー・ウォーカーが出迎え、大統領からは祝辞が届き、たちまちアメリアは名士となって、アメリカ中を講演して回るようになった。アメリアの手記『この時間は40分』はたちまちベストセラーに。1935年にはハワイ、オークランド、LA、メキシコと、アメリアは大西洋を飛行し続けた。

最後の記録は1937年。世界一周しかないと、オークランド〜マイアミ、南米大陸〜ナタール〜大西洋を越えて、アフリカはダカールと、アフリカ大陸を横断し、インドのカルカッタ〜バンコク、シンガポール〜オーストラリア、ポート・ダーウィン〜パプアニューギニアのラエに着いた。ここまでの様子は世界中に報道されたが、ラエを出発したアメリアは、その後太平洋上で消息を絶った。ルーズベルト大統領は400万ドルを費やした大規模な捜索を命じたが、アメリアが発見されることはなかった。
人々にとってアメリアが今も色褪せず魅力的に映るのは、当時未だ女性の社会的立場が弱った時代の中で、女性の自由開放に向かって、自立した女性への尊敬と共感を身をもって示した生き方が、まさにアメリアであり、その芯のある佇まいが憧れとして確立されたからに違いない。その生き方は彼女のスタイルにも証明されていた。愛称”ミス・リンディ”と呼ばれたそのショートヘアは「アメリア・カット」と呼ばれた。ワイドパンツをクールに着こなすボーイッシュなモダンガール。彼女の佇まいはパイロットとは思えないほどエレガントだった。その装いは、ソフトブラウスにシルクスカーフやショートタイ。1/2スリーブのチェックのキャンプカラーシャツ、センタークリースのエルポケワイドパンツ、ワークプレーントゥシューズ、ソフトレザーのショートブルゾンなどから、当時一世を風靡したフレンチモガを彷彿とさせるフラッパーキャップにローウェストのワンピースドレスまで。ここで紹介されているアメリアの貴重なポートレートからは、彼女のスタイル=生き方が浮き上がって見える。世界が激動と革新の1920年代?1930年代、新しい女性の生き方を見せた、1人の”Greatest American Lady Icon”だ。