きれいな色のシェットランドセーターを着ていた。 〜「珈琲と洋服」vol.3〜 文・山本晃弘(ヤマカン) きれいな色のシェットランドセーターを着ていた。 〜「珈琲と洋服」vol.3〜 文・山本晃弘(ヤマカン)

きれいな色のシェットランドセーターを着ていた。
〜「珈琲と洋服」vol.3〜 文・山本晃弘(ヤマカン)

何も予定がない週末が好きだ。クルマに乗って、お気に入りのカフェに向かう。決まった2、3軒のうちのどこか、そして、空いていれば同じ席に座る。何をしているかと言えば、平日に読めなかった新聞を読み、本を読み、そして珈琲を飲む。気が向いたら、久しく連絡していなかった友達とメールやLINEのやり取りをすることもある。

広尾にある沢村は、そんなふうに過ごすカフェの一つ。テーブル席には目もくれず、カウンター席を選ぶ。スツールに腰かけて、明るいガラス窓を通して見える外苑西通りは、週末でクルマの通りも少なくて、静かで、美しい。珈琲を飲みながら何日分かの新聞を読み終えて、やっぱりパンもいただこうと思い始める。沢村は、いまも旧軽井沢に本店を構えるベーカリー&レストラン。広尾のカフェにも、おいしいパンが並んでいる。小ぶりなデニッシュと珈琲をもう一杯。トレーに乗せてカウンター席に戻ると、大学時代の友人からLINEが届いた。送られてきたのは、先輩が経営するレストランに仲間たちで集まったときの写真。そこには、先輩と同級生だったYさんも写っている。卒業してから一度も会っていなかった、憧れの女性だ。

甘いデニッシュを齧り、苦い珈琲をひと口。大学1年生のときのサークルの合宿で、4年生女子だったYさんにお願いして、二人で写真を撮影したときを思い出す。「きれいな色のセーターだね」と袖口を引っ張られて、どれだけドキドキしたことか。シェトランドウールの黄色いセーターを着た何十年か前の私と、胸元にワンポイントのマークがある白いトレーナーを着た何十年か前のYさん。アルバムを引っ張り出さずとも、鮮明に覚えている。

仲間が集ったレストランで、Yさんにその話をしてみた。「そんなこと、あったっけ。覚えてないなぁ」。サバサバとした口調、くりくりと動く瞳、あのころのまま変わっていない。ただ、長い時間が経っただけだ。

きれいな色のシェットランドセーターを着ていた。 〜「珈琲と洋服」vol.3〜 文・山本晃弘(ヤマカン)

セーター 各¥14,500(+tax) / Harley of Scotland × SHIPSBUY

大学を卒業して、編集者となり、取材や撮影のためにいろいろな場所を訪ねてきた。シェトランドウールの本場スコットランドで、ファッション撮影をしたのは何年前だったろうか。夏なのに、噂に違わず肌寒かった。暑いシーズンに撮影のための秋冬物を着るモデルは、いつもなら汗だくになるのを何とかこらえている。それがこのスコットランドのロケでは、英国特有の冷たい雨まで降ってくると、モデルがコートのボタンを締めなおしていたほど。冬の寒さはどれほどになるのだろうかと、思いを巡らせたものだ。

スコットランドの北部、シェトランド諸島の羊からとれるハリと光沢のあるウール。それをつかって編まれるセーターは、暖かくて、軽くて、そして発色がいい。なかでも、ピーター・ハーレー氏によって1929年に設立された「ハーレー・オブ・スコットランド」は、アザミの実で毛羽立たせる伝統的な手法を続ける老舗だ。シームレス編み技法でつくられるニットは、肌触りの良さにも定評がある。

カウンター席で、珈琲を飲み干す。友人から届いたメールをもう一度見るために、スマホに手を伸ばす。仲間と、そしてYさんと写真に写っているのは、紺色の地味なジャケットを着た自分。黄色いシェトランドセーターを着た大学生の時代から、長い時間を経て、いろいろなことが変わってしまったのかもしれない。

そうだ。きれいな色のセーターを買おう。あの頃と同じ、黄色にするか、クルマとお揃いの赤にするか。いっそのこと、どちらも買ってしまうのもいいだろう。変わらなかったこと、変わったこと、そして、取り戻せるかもしれないこと。思いを巡らせながら、珈琲カップをコトンと置いた。

きれいな色のシェットランドセーターを着ていた。 〜「珈琲と洋服」vol.3〜 文・山本晃弘(ヤマカン)

PROFILE

きれいな色のシェットランドセーターを着ていた。 〜「珈琲と洋服」vol.3〜 文・山本晃弘(ヤマカン)
服飾ジャーナリスト 
山本晃弘(ヤマカン)

服飾ジャーナリスト。『メンズクラブ』『GQジャパン』」などを経て、2008年に編集長として『アエラスタイルマガジン』を創刊。現在は、エグゼクティブエディター 兼 WEB編集長を務めている。2019年にヤマモトカンパニーを設立し、編集、執筆、コンサルティングを行う。また、ビジネスマンや就活生に着こなしを指南する「服育」アドバイザーとしても活動中。執筆著書に『仕事ができる人は、小さめのスーツを着ている。』がある。