Made in USA最後の砦、サウスウィック製のブレザー。 〜「珈琲と洋服」vol.1〜 文・山本晃弘(ヤマカン) Made in USA最後の砦、サウスウィック製のブレザー。 〜「珈琲と洋服」vol.1〜 文・山本晃弘(ヤマカン)

Made in USA最後の砦、サウスウィック製のブレザー。 〜「珈琲と洋服」vol.1〜 文・山本晃弘(ヤマカン)

恵比寿駅から、駒沢通りを鎗ケ先に向かって歩くのが好きだ。道幅が広いからなのか、陽の光のまわり方がとっても美しい。途中に「ヴェルデ」というカフェがある。歩道を歩いていて、近づくと珈琲の香りがする。

平日の朝にトレーニングをした後に、週末のランチを済ませた午後に、「ヴェルデ」で深煎りブレンドを飲む。自分の事務所から歩いて数分と近いのもあって、気軽に立ち寄れるのがいい。決まってカウンターの端から二番目の席に座り、新聞を読んだり、本を読んだり。そして、たまには次の原稿の構想を練る。 今日もまたいつも通り、珈琲をひと口。カウンターの反対側のコーナーを見ると、若いビジネスマンが身支度をしている。カップの底に残っていた珈琲を飲み干して、立ち上がりながらジャケットを羽織るのが目に入る。ネイビーのブレザー。窓から射す逆光で、濃紺に見えた。

ふと、ブルックス ブラザーズのブレザーをつくるアメリカの工場を訪ねたときの記憶が蘇る。30年以上にわたって編集者をやってきて、好きな仕事はと問われたら、答えは迷うことなく「ファクトリー取材」。モノづくりの現場を訪ねて、つくり手の思いや匠の技に触れると、読者に伝えたい気持ちが募るからだ。 国内はもとより、海外でも、いくつものファクトリーを取材したが、中でもサウスウィックを訪ねたときの感動は格別であった。ブルックス ブラザーズの「オウンメイク」という特別なスーツやジャケットのファクトリーとしても知られるサウスウィックは、Made in USAでドレスアイテムをつくる最後の砦と言っても過言ではない。

Made in USA最後の砦、サウスウィック製のブレザー。 〜「珈琲と洋服」vol.1〜 文・山本晃弘(ヤマカン)

ブレザー ¥95,000(+tax) / Southwick

そこで知ることができたのは、アメリカのモノづくりの合理性だ。アイロンワークひとつとっても、プレスマシーンを使う部分と職人の手でプレスしていくところを使い分ける。スーツの業界では、何から何までハンドでの仕上げを有り難がる風潮があるが、すべてハンドメイドにしていたのでは、あのクオリティをあの価格で実現することはできない。「よきモノを、多くの人たちのために」。そこには、洋服の民主化というアメリカの思想さえ籠められているように感じたのだ。

取材していて、ファクトリーの責任者からもうひとつ面白い話を聞けた。Made in USAの信望が根強い日本からは、さまざまなブランドやセレクトショップが毎シーズンのように生産の発注をしてくるらしい。その中でも、SHIPSとの付き合いは特に長いという。「彼らの目指すものと、サウスウィックの方向性が一致しているのだと思う。一時のはやりすたりで注文してくるわけではないから、信頼してビジネスができる」。

今シーズン、SHIPSは清涼感のあるホップサック素材のブレザーをサウスウィックに発注した。段がえり3つの金ボタン、パッチ&フラップのポケット、フックベント。こうしたディテールは、1960年代のアイビーリーガーが着ていたブレザーと変わらない。いっぽうで、身幅やアームホールは日本人向けにすっきりとしている。長く信頼関係を築いてきたからこその、絶妙バランスと言っていい。

ここまで考えて、珈琲をもうひと口。洒落たカフェもサードウェーブもなかったころから、恵比寿の駒沢通りに「ヴェルデ」はあった。店のスタッフが電話を取ると、おそらくは地方からであろうお客様が、「焙煎した豆を送って欲しい」と注文しているのが伺える。ときにマスターは、カウンターで珈琲を入れる手を止めて、入り口にある焙煎機の傍にしゃがんで豆を煎る。

あぁ、歩道まで漂う香りはこれだったのか。同じ味、それでも、もっとおいしく。ひとつの道を行く職人は、ここにもいたのだ。

Made in USA最後の砦、サウスウィック製のブレザー。 〜「珈琲と洋服」vol.1〜 文・山本晃弘(やまもとてるひろ)

PROFILE

Made in USA最後の砦、サウスウィック製のブレザー。 〜「珈琲と洋服」vol.1〜 文・山本晃弘(ヤマカン)
山本晃弘(やまもとてるひろ)

服飾ジャーナリスト。『メンズクラブ』『GQジャパン』」などを経て、2008年に編集長として『アエラスタイルマガジン』を創刊。2019年にヤマモトカンパニーを設立し、編集、執筆、ブランドのコンサルティングのほか、着こなしを指南する「服育」アドバイザーとしても活動中。著書に『仕事ができる人は、小さめのスーツを着ている。』がある。