NIAGARA × SHIPS  大滝詠一『ナイアガラ・ムーンがまた輝けば』収録の7inchシングルレコードボックス・COLLAVOX(コラボックス)発売記念!  グラフィックデザイナー中山泰 × SHIPS原裕章の制作秘話トーク NIAGARA × SHIPS  大滝詠一『ナイアガラ・ムーンがまた輝けば』収録の7inchシングルレコードボックス・COLLAVOX(コラボックス)発売記念!  グラフィックデザイナー中山泰 × SHIPS原裕章の制作秘話トーク

NIAGARA × SHIPS
大滝詠一『ナイアガラ・ムーンがまた輝けば』収録の7inchシングルレコードボックス・COLLAVOX(コラボックス)発売記念!
グラフィックデザイナー中山泰 × SHIPS原裕章の制作秘話トーク

シティポップの要素を取り入れるバンドが増えるなか、そのオリジネイターとして今再び新しいファンを獲得している大滝詠一さんのNIAGARA(ナイアガラ)レーベル。そんな、時代を超えて愛されている名曲を、SHIPSとのコラボレーションとして7インチレコードに閉じ込めた『COLLAVOX(コラボックス)』が、2017年5月30日に発売される。
セットには、ポストカード3枚とオリジナルTシャツも封入されており、それらのデザインをすべて中山泰さんが手がけるという、ファンにはたまらない仕様。ちなみに、中山泰さんは’70年代初頭の日本デザインシーンに衝撃を与えた『Work Shop MU!!(ワークショップ ム!!)』のメンバーとして知られ、ナイアガラレーベルのアートワークを数多く手がけられてきたお方。今回、『COLLAVOX』の制作秘話はもちろん、’70年代当時の貴重なお話を聞くことができました。

photo
photo

‘70年代のMIURA & SONS店内、BGMで唯一許された邦楽ははっぴいえんど系だけ

??まずは、このコラボレーションがどのような経緯で生まれたのか教えてください。

 僕と一緒にDJユニットを組んでいるプロデューサーの三輪さんから、最初にこのお話をいただいて。大滝詠一さんは僕にとって憧れの人ですから、それはもうふたつ返事で「やらせてください!」ですよ(笑)

??A面が『ナイアガラ・ムーンがまた輝けば』(ナイアガラムーン収録)、B面が『夜明け前の浜辺』(ナイアガラ トライアングル Vol.1収録)ですが、これはどう決まったのでしょうか?

 音楽好きとしては、最初から7インチアナログで出したいと思っていたんです。一方で、この話をいただいたときすでに、『NIAGARA 45RPM VOX』(7インチレコード9枚 + CD1枚)の発売が決まっていたので、その10枚目みたいなものにしたいなと。収録曲に関しては、これまでにシングルカットされているものはNGということだったので、まずはそれ以外の曲から考えていきました。

??ファンとしてそれほど楽しい時間はないですね。

 そうですね。でも、A面はこれしかないという感じで最初から決めていて、B面をどうしようか悩みましたね。最終的には自分が好きな曲であること、この曲が収録されているアルバムのジャケット(Niagara Triangle Vol.1)を中山さんが手がけられていること、その2点で決めました。あとから気づいたんですけど、どちらの曲も水の音がSE(効果音)で入っていて、SHIPSの船とも結びつくなって。

??SHIPSと、ナイアガラ的なアメリカンカルチャーの親和性はどこにあると思いますか?

 ‘75年にSHIPSの前身である『MIURA & SONS』が渋谷に誕生するんですけど、元々は上野のアメ横が発祥の地で50年代に米軍の毛布やテントを売るところからスタートしているんです。その後、僕が大学時代に『MIURA & SONS』でアルバイトを始めた時には、当然ながらアメリカの商品を扱っていたので、BGMはアメリカ西海岸のロックが主流でした。でも唯一、大滝さんや細野さんの曲だけはBGMでかけても良かったんです。

??当時から最先端の音楽だったんですね。ということは、今回収録されている曲もかつてMIURA & SONSではかかっていたと。『COLLAVOX』の制作にあたって、デザインについてはどんなお願いをされたのですか?

 まずは、『ナイアガラムーン』のイメージに近づけてほしいとお願いしました。あとは、無理を言ってSHIPSを意味する船を入れていただいて。個人的には、大滝さんが亡くなったあとにこういう企画をやることが、故人の意思に沿えるのかが気がかりで・・・。なので、これまでの延長線上にあるデザインなら、まだ許してもらえるんじゃないかと思ったんです。

photo

大滝さんは打ち合わせに来ても無駄話ばかりで、
最後に「じゃあ、頼むわ」と帰っていく

??中山さんは、デザインされるにあたって何かこだわったことはありますか?

中山 いつも難しく考えてデザインすることはないので。滝のイラストとかは描きましたけど、あとは基本的にコラージュです。音が聴こえてきそうなデザインでしょ?

??はい、すごく素敵です。大滝さんは、デザインに関してどういう意見をお持ちの方だったのですか? 細かい注文などあったのでしょうか。

中山 注文は全然なかったですね。毎回事務所まで打ち合わせに来てくれるんだけど、ずっと無駄話ばかりしていて。最後に「じゃあ、頼むわ」みたいな感じで帰っていく(笑)。一度だけ『デビュー・スペシャル』のジャケットのときに、「子象を入れてくれ」って言われたことは憶えているけど、それくらいかな。

 ナイアガラレーベルでのファーストアルバムの『ナイアガラムーン』は、Work Shop MU!!名義ですけど、ひとつの作品をみんなでやるときは、どうやって作業を進めるんですか?

中山 う?ん、どうやって作ったかな・・・。レーベルのロゴは僕が作ったし、文字とかレイアウトとかもだいたい自分がやって。カップルのイラストは奥村くんが描いて、眞鍋くんがディレクションみたいな感じかな。

 そういうやり方が多かったんですか?

中山 ちゃんと決めてないけどね、その場その場で。

??カップルのアイコンはその後の作品にもよく出てきますが、これらは中山さんが作られたんですか?

中山 もともとは、外国のB級雑誌にあった広告の一部ですよ。それを拡大して色をつけたり。『幸せな結末』にも使っているけど、そのときは原本がなくなっていたからトレースをしたと思う。昔の小さい広告を拡大するのが好きで、網点を荒らすのも好きだったし。

photo

みんなでああだこうだ言いながら、最終的にできあがっていく

??今回、セットにポストカードを封入したのはなぜだったのでしょう。

 ポスターという話も出たんですけど。Work Shop MU!!が装丁を手がけた、村上龍さんの『POST(ポップアートのある部屋)』の中に、いろんなポストカードが挟まっているんですよね。あの本が好きなので、アイデアソースはそこから。

中山 あの本は、奥村くんが装丁を手がけているんだけど、MU!!の作品をいっぱい使っているんだよね。中面の扉の絵とかは、僕の作品が使われている。

??『COLLAVOX』のポストカードはどう作られたのですか?

中山 もう雰囲気で。ひとつは船があったんでちょうどいいなって。もうひとつはいい感じの看板があったので。あとひとつは、本当はデッカ・レコードの広告なんだけど、それをナイアガラに変えて。僕のデザインは基本コラージュだから、全部そういう作り方をしてきたんですよ。『ゴー! ゴー! ナイアガラ』とか、テレビのやつ(ナイアガラ CMスペシャル Vol.1)は描きましたけど。

??Work Shop MU!!の立ち上げ当初、神保町で古い雑誌をいろいろ買ったと聞いていますが。そういうものから切り抜いていたんですか?

中山 そうそう。学生時代から僕はコラージュが好きで。みんなでああだこうだ言いながら、最終的にできあがっていくんだけど。

??今回のポストカードで使われたのは、何年代の雑誌なんでしょう。

中山 アメリカの40?50年代の雑誌。

 アメリカが一番アメリカっぽい時代ですよね。

中山 ‘70年代に、映画『アメリカングラフィティ』の影響とかもあって、ちょっと50’sが流行ったんだよね。

??その頃、MU!!の方々も長髪から短髪になられたとか。

中山 まだみんながリーゼントをやってない頃に、リーゼントにして。というのも、ウッドストックにSHA NA NA(シャナナ)ってバンドが出てたでしょ? あれが面白いなと思って。

 あれもロックンロール・リバイバルですもんね。

中山 そうそう。

photo

ロックフェスでオリジナルのアクセサリーを販売していた

??長髪時代というのは、やはりヒッピーカルチャーに影響を受けていたんですか?

中山 ヒッピーの思想とかは一切なかったけどね、かっこいいと思ったからやっていただけ。でも、一般的になる前にはもうやめているっていう。

 MU!!のワークスは、レコードジャケットのイメージが強いですが、それ以前はどんなお仕事が多かったんですか?

中山 3人とも骨董が好きだったこともあって、デザインだけでは喰えなかったから、いろんなところで骨董品を見つけてはデパートの催し物に卸したり。あとは、古い時計を分解して、その部品でアクセサリーを作ったりしてましたね。それを富士急ハイランドでやっていたロックフェスで売ったんだけど、全然売れなかった。でも、ロックフェスでそういうのを売っているのって楽しいじゃん!

??そのノリは今ならみんな共感できると思いますけど、当時からやっていたのはすごいですね。では、音楽の仕事が増えていったのはどういうきっかけなんですか?

中山 俺たちが最初に狭山(埼玉県狭山市にあったジョンソン基地返還後のハウス、通称アメリカ村)に引っ越して、それから小坂忠くんや細野晴臣くんたちが来たり、いろんなミュージシャンが自然と集まってきたんですよ。それが縁で仕事をもらうようになったり。

??当時、最先端のデザインチームと認知されていたと思うのですが、そうなると企業広告とかも増えていったんですか?

中山 僕らは広告代理店とか大嫌いだったから。独自の道を見つけていくようなやり方でやっていたからね。洋服屋さんと友だちになって、そこの仕事をしたり。だから、メジャーな広告はほとんどやらなかった。なんとなく恐いかっこうをしていたから、フツーの人は近づいてこなかったかな。僕らに興味を持った人は近づいてきたけど。

 今なら東京を離れるというスタイルは理解されますけど、あの時代に狭山に引っ越すのは勇気がいたんじゃないですか?

中山 青山の最上階に事務所があったんだけど、いろんな人が遊びに来るから疲れちゃって。朝オフィスに行くと、ジョー山中くんとか、あの辺の連中が寝ていたり。そんなとき、新聞に基地返還の記事が載っていて、ハウスを貸し出していると知ったんで「こりゃいいや」ってすぐに決めて。最初は眞鍋夫婦と、奥村くんと僕で一軒家に住んで。ヒッピーのコミュニティーじゃないけど、「あそこに美味いものがありそうだ」っていったらみんなで行って酒を飲んだり。そういうのが面白かったよね。

??その中に、若き日の立花ハジメさんもいらっしゃったんですよね。

中山 そうそう、俺たちがデザインの仕事を終えて遊びに行くとき、立花くんに「これ届けといて」みたいな感じ。俺たちは近くのプールで遊んでたけど。あいつだけが運転免許を持ってたから。

photo

僕らは「人がやっていないことをやりたかった」というだけなんだよね

??日本にいながらアメリカ文化の影響を受けたのは、どういうところからなんですか?

中山 最初は古本屋で、あとは基地内で歯医者さんをやっている人と友だちになったのが大きいかな。基地内のPXに入れてもらったり、そこで売っているものはどれもパッケージがかっこいいから。そうそう、その基地でジュークボックスを修理しているおじさんと出会って、中古のジュークボックスを何台か安く分けてもらったんだけど。その1台が大滝くんのところに行ったの。

??それ、横浜でやっていた回顧展で置かれていました。

 大滝さんはどういう方でしたか?

中山 結構、地味な人だよ。しゃべると面白いけどね、しゃべり出すと止まらない。映画の話とか大好きだから。これはさすがに知らないだろうと、マニアックなエロ映画の話をしてもちゃんと知ってるんだから。知識量がすごい、いわゆるオタクだよね。

??博学な方だけに、デザインに対するこだわりも人一倍あったと思うんです。それがほぼ修正ナシということは、デザインには納得されていたってことですよね。当時、ミュージシャンの中で注文が細かい方はいらっしゃいましたか?

中山 う?ん、いなかったかな。たぶん当時はまだ、ミュージシャン側もヴィジュアルをどうすればいいのかわからなかったんだと思うよ。

??70年代初頭までの邦楽ジャケットは、何かしらの背景にアーティストのキリヌキをドーンと合わせるみたいな感じですもんね。

中山 だから、俺たちが作り初めて新鮮だったんじゃないのかな。僕らは「人がやっていないことをやりたかった」というだけなんだよね。「俺たちがかっこいいと思うものを作ろう」って。

photo

正確じゃないほうが面白いものができる

??70年代から現在までいろいろと見てこられて、トレンドはどう移り変わっていると思われますか?

中山 ‘70年代に50’sが流行って、その次に’60年代と、20年くらいずれながら螺旋状に繰り返すみたいなところがあるよね。でも、当時は時代が周るなんて思わなかったし、この先に何が起こるかわからなかったから、面白かった。デザインも音楽も’70年代にいろいろ変わったから楽しかったよ。今は、この時代が次に来るなって何となくわかるけど。

??中山さんはデジタルも早めに取り入れられていましたよね。

中山 立花(ハジメ)くんがいたから、その影響でいろいろ教えてもらって。MACとかも最初の頃から使ってたし、道具としてすごく面白かったよ。一番感動したのは、版下がいらないからがラクだなって。

??コンピュータはコラージュに向いているというか、ラクになりますよね。

中山 確かにラクだけど、糊貼りして、それをスキャニングするほうが本当はいいけどね。でも、糊貼りだと大きさを変えられないんだよ、実物大のコラージュになっちゃう。だから、いろんな紙を使って、カラーコピーで拡大・縮小して切り抜いて、みたいなことはやりたいなと思う。

??実際に切り貼りするのと、画面上で切り貼りするのでは何が一番変わってきますか?

中山 やっぱ質感だよね。手でやるフィーリングもあるし、正確じゃないほうが面白いものができるから。

??今後、デザインに関して何かやってみたいことはありますか?

中山 だから、もう一度手貼りのコラージュをやりたいかな。まだ使っていない雑誌がいっぱいあるので、もういい歳だし、それを全部使っちゃおうかなと。

??それはすごく見てみたいです。完成を楽しみにしています! 今日はありがとうございました。

撮影協力|Sailin’ Shoes

ADD 東京都渋谷区恵比寿西2-8-6 ウエスト2ビル B1F
TEL 03-3464-2433

photo

中山 泰 | Yasushi Nakayama

グラフィックデザイナー、イラストレーター。
1947年生まれ。
1969年に桑沢デザイン研究所グラフィックデザイン研究科卒業。
1970年、桑沢の同級生だった真鍋立彦、奥村靫正らと『Work Shop MU!!(ワークショップ ム!!』を設立。大滝詠一作品やナイアガラレーベルを始め、はっぴいえんど、サディスティック・ミカ・バンド、YMOなど、カッティングエッジなアーティストたちのジャケットデザインを数多く手がけていった。また、米軍の住居だったハウスに仲間たちと住むなど、ライフスタイルの面でも多くの若者に影響を与えていった伝説的なデザインチームでもあった。
1977年に『Work Shop MU!!』解散し独立。1991年、(株)中山泰カンパニー設立。

「NIAGARA x SHIPS Art Exhibition」を開催

NIAGARA x SHIPS COLLAVOXの発売を記念して「NIAGARA x SHIPS Art Exhibition」をSHIPS 渋谷店にて開催。今回の7inchアナログレコードの音源となる1975年に発売されたアルバム“Niagara Moon”や、“Niagara Triangle Vol.1”のデザインはもちろん、過去のナイアガラレコードのデザインやWORKSHOP MU!!での中山泰氏のアートワーク、その他秘蔵アイテムも展示します。ナイアガラファンはもちろん、初めてナイアガラに触れる方へも必見のイベントです。

場所:SHIPS 渋谷店 1Fイベントスペース
日程:5/29(月)?6/23(金)