Spectators Evergreen Library vol.5 緑色世代の読書案内 Spectators Evergreen Library vol.5 緑色世代の読書案内

Spectators Evergreen Library vol.5 緑色世代の読書案内

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SHIPS'S EYE

SHIPS MAG 読者のみなさん、こんにちは。
時を超えて読み継がれるべき本を推薦する連載「Evergreen Library」。
今回は12月中旬に発売予定のスペクテイター最新号で特集する『Whole Earth Catalog』の話をしたいと思います。

『ホール・アース・カタログ』という本の名を一度は目にしたことがある人も多いかもしれません。
1960年代末から70年中旬にかけてアメリカ西海岸で編集・発行され、アップルの創始者スティーヴ・ジョブズが2005年にスタンフォード大学の卒業式で話題にしたことがきっかけで再注目されるようになった伝説のカタログ。日本の古書市場では数万円の高値で取引されている歴史的な出版物です。
号によって全体のボリュームは異なりますが、手元にある71年発行の『The Last Whole Earth Catalog』は448ページ。ずっしり重く、まるで巨大な電話帳のような異様な存在感を放っています。
「Whole」は「全体」という意味なので、さしずめ「全地球カタログ」とでも訳するのが良いでしょうか。その名が示す通り、A3サイズの巨大な判型の黒い表紙の中央に、大きな丸い地球の写真が配置されています。
表紙をめくると最初のページにカタログの目的と掲載されているモノの選定基準が記されています。

1)道具として価値のあるもの
2)自己教育に役立つもの
3)安価で内容の優れたもの
4)郵便で簡単に手に入るもの


カタログというと発売されたばかりの商品が価格と一緒に掲載されている通販カタログのようなものを思い浮かべがちですが、このカタログは多くのモノを売ることを目的としていません。むしろ、その逆で、無駄なモノを買わないでも済むような生活のための情報を網羅した本、あるいは、そうした考え方を育むための道具として使われることを目指して編集された本なのです。
ページのなかで紹介されているのは殆どが書籍なので、本のカタログと言ってもいいかもしれません。短めの推薦文と一緒に紹介されている書籍には出版社の住所が記載され、手に入れたい人は直接コンタクトして購入する仕組みになっています。

では、実際にカタログのなかで紹介されているのはどんな本なのか?
そのことに触れる前に、このカタログが出版された時代背景についておさらいしておく必要がありそうです。

カタログの一号目が発刊された60年代後半は、さまざまな価値転換のための運動や革命が、ベビーブーム世代が中心となって世界中で同時多発的に起きた時代だと言われています。パリ五月革命、黒人解放運動、ベトナム反戦運動、全共闘運動、ウーマンリブ運動。
アメリカではベトナム戦争が泥沼化し、また、資本主義社会が生み出したさまざまな弊害が社会に暗い影を落としていました。長引く不況にともなう失業者の増加、公害、自然破壊、非人間的な労働、精神的な病…これらの問題を引き起こした巨大企業や官僚的な組織に不信感を抱いた若者のなかには都会を離れ、より人間的な生き方や自然との有機的なつながりを求めてコミューン暮らしを始めるものもいました。
そんな激しい時代のうねりのなかで、権力や既成のルールにとらわれない新しい生き方を求めた若者のうちの一人によって考案されたのが『ホール・アース・カタログ』という新しいメディアでした。
この国は数字の上での繁栄ばかりをめざしているけれど、機械のように働かされ物質的に豊かになることだけが本当に豊かな暮らしと言えるのだろうか? いや、そうではない。人は国や社会のために動かされる歯車ではなく、地球に暮らすひとりの全能の神のような存在でありえるものだという、それまでになかった価値観と理想的な生き方のヴィジョンを、情報を組み合わせることで提示してみせたのが、このカタログだったのです。

カタログの見出しを並べてみると、新しい生き方のスタイルが浮かび上がってきます。ドーム建築、太陽熱のハードウェア、キルティング、ろうけつ染め、自転車、アウトドア用品、樹木の育て方、パーマカルチャー。
あたかも地球温暖化が深刻化し、地球に負荷をかけない持続可能なライフスタイルが求められている現在の社会で注目を集めているトピックのようですが、これらは当時のアメリカの若者達が都市から郊外へと移住して、自前のコミュニティをつくり、彼らの理想とする「もうひとつの暮らし」を築いていくうえで役に立つ知恵でした。そこにアクセスするためのツール(ACCESS TO TOOLS)としての役割を、このカタログは担っていたのです。とはいえ、単に自給自足的なライフスタイルを促進しただけでなく、インターネット、ソーシャルネットワーク、パーソナルファブリケーションといった、これからの社会にも欠かせないテーマについて40年以上も前に考察を重ねていたところに、このカタログの先見性と偉大さを感じることができると思います。

このカタログは、これまでの社会にどんな影響を与えてきたか。そしてより良い未来について考えていくうえで、私たちはこのカタログから何を読み取るべきか? 
そんな疑問を二号に渡って明らかにしてみたいと考えています。
地球と私たちの未来を巡る時空を超える旅へ僕らと一緒に出かけてみたい人は、ぜひ次号を手にとってみてください!

『ホール・アース・カタログ』は68年に初号が出てから、およそ一年に二冊のペースで74年まで刊行が続けられた。71年に発売されたこの号は150万部の売上を記録。全米図書賞を受賞した。

WEC発行人のスチュワート・ブランド氏が書き下ろした最新作。気候変動による地球の危機を救うため、原発、遺伝子組み換え、地球工学などを推奨。これまでとは真逆とも思えるような大胆な提言が詰まったセンセーショナルな一冊。

WECの基底となる思想を生んだ偉大な建築家・デザイナー・発明家フラーが、地球を宇宙に浮かぶ船にたとえながら持続可能な環境を維持することの重要性を説いた本。 緑色世代のバイブル。

60年代末からWECの編集者として活躍、現在は西海岸で出版社を営んでいるロイド・カーン氏が編集からレイアウトまでを手がけた、ハンドメイドで建てられた世界各地の小さな家を紹介した写真集。

WECの影響で「全××カタログ」という本が数多く生まれた。本書はコラムで読むWECといった趣の本。アメリカ西海岸を舞台にエコとユートピアを舞台にした『エコトピア』という近未来小説を描いた作家が説いた「貧しくても粋に暮らすための作法」。

青野利光

1967年生まれ。エディトリアル・デパートメント代表。
大学卒業後、2年間の商社勤務を経て、学生時代から制作に関わっていたカルチャーマガジン『Bar-f-Out!』の専属スタッフ。1999年、スペクテ イター創刊。2000年に現在の会社を設立。昨年の夏から長野市に活動の拠点を移して出版編集活動を続けている。