「真夜中」 家族と服 vol.1 「真夜中」 家族と服 vol.1

「真夜中」 家族と服 vol.1

「真夜中」 家族と服 vol.1

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家族と服 vol.1
木の葉の色の
柴崎友香


六つ切りサイズに引き伸ばされた白黒写真が、アルバムの最後に挟んであった。写っているのは母で、今のわたしよりも八つぐらい年下だ。わたしはこの世界にまだ生まれていない、でも母のおなかの中には存在している、という限られた期間しかない時間に撮られた写真。母は、上半身しか写っていないけれど、コーデュロイのジャンパースカートを着ている。わたしは、この服を知っている。はっきりした記憶があるわけではないのに、わかる。

アルバムの中に貼ってある、別の写真。小さな四角い白い枠の中に、母の後ろを歩くわたしが写っている。とても小さいわたしは、赤いコーデュロイの帽子をかぶり、おそろいの生地の巾着型のバッグを引きずっている。その写真を久しぶりに見たとき、あっ、と思った。深い紅色のその“うね”は、今も目の前にあるように親しく、細かいところまで頭に焼き付いているものだったから。

別のアルバムになると、弟が登場する。わたしと二人、色違いでおそろいのオーバーオール。それもやっぱりコーデュロイで、茶色と芥子色。秋の色をした、毛羽だった暖かそうな手触りの、その頃は「コール天」と呼ばれていた生地の洋服ばかり覚えているのは、わたしが十月生まれだからだろうか。秋に生まれたから秋の記憶が鮮明だというのもおかしな話だけど、でもきっとそうだ。

母のジャンパースカートのコーデュロイが何色だったか、わたしは正確には覚えていない。だけどきっと、秋の木の葉の色、茶色か黄色か赤色。そう確信できる。

写真を撮っていた人の写真が少ないのは世の常で、父の姿はアルバムの中にほんの何枚かしかない。カメラのレンズを覗いていた父なら、母のジャンパースカートの色もずっと覚えていただろう。もう確かめることはできないけど。

わたしが男か女かもまだ知らず、おなかの中の子どもに早く会いたいと思っていた父の視線が、写真の中のコーデュロイを通して、わたしとつながる。

季刊 真夜中 No13(リトルモア)より

(しばさき・ともか 小説家)


?Erika Yoshino



柴崎友香(しばさき・ともか) 作家
1973年大阪府生まれ。小説『きょうのできごと』『ショートカット』『その街の今は』『主題歌』『ドリーマーズ』『寝ても覚めても』『ビリジアン』他。エッセイ集に『よそ見津々』など。


吉野英理香(よしの・えりか) 写真家
1970年生まれ。1994年、東京綜合写真専門学校卒業。以降ストリートスナップを中心に内外で作品を発表。個展に「Enoshima Zero Meter」「Eleanor Rigby」ほか。カラーによる初めての写真集『ラジオのように』が刊行されたばかり。

季刊誌「真夜中」

季刊誌「真夜中」

2008年4月創刊の季刊誌。


文芸を軸に、写真、絵、デザインなど、あらゆる“表現”をジャンルにとらわれず掲載。 毎号、「恋」「子ども」「からだ」「信仰」「旅」「音楽」「科学」「映画」と多岐にわたる特集テーマのもと、作家たちの織りなすアンサンブルの妙が光る記事を展開。 想像することの素晴らしさと楽しさを提案し続けている。

http://www.littlemore.co.jp/magazines/mayonaka/