「真夜中」 家族と服 vol.2 「真夜中」 家族と服 vol.2

「真夜中」 家族と服 vol.2

「真夜中」 家族と服 vol.2

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家族と服 vol.2
オヤジの菜っ葉服
松尾スズキ


ギャルソンだったりイヴ・サンローランだったりプラダだったり、ボクのクローゼットには誰でも知ってるブランドの洋服がずらりと並んでいる。ブランド物にこだわっているわけじゃない。正直、ブランド物なんかを着るのは自分の芸風に合ってないとすら思っている。買い物に出歩くのがとにかくめんどくさいので、ここ数年同じデパートの紳士服売り場のワンフロアで洋服をまとめ買いしているうちに、誰でも知っているブランドの服ばかり持つようになっていっただけなのだ。おかげで服選びのセンスがぶれないのでお洒落ですねと言われることもある。めんどくさがりもたまにはいい方に転ぶ。

昔から服を選ぶのが億劫なたちだった。中学高校と、普通だったらお洒落にナーバスになる年頃ですら、ボクは母親がスーパーで買ってきたわけのわからないおっさんみたいなグレーのジャケットを着ていたのだ。


大学に入ると絵や演劇に熱中し、さらに恰好はどうでもよくなった。ボクは、元国鉄職員だった父親のいらなくなったナッパ服と呼ばれる地味な作業服をはおって大学に通っていた。これで美大生だったんだからひどいにもほどがある。


でも、ナッパ服をはおっていたのにはめんどくさい以外の理由もあった。昔、アナーキーという過激なパンクバンドがあって、なにで見たのかはもう覚えてないが、彼らがなぜかライブでオヤジの着ていたナッパ服を着ていたのである。それがなにを意味するのかわからなかったが、オヤジのナッパ服に身を包みライブのステージで暴れまくっているアナーキーのメンバーを見て、


「なんかかっこいいんじゃねえの、これ」

と、思ってしまったわけだ。


当時流行り出したDCブランドに身を包む華やかな学生たちが闊歩するキャンパスで、一人作業服を着る自分に、パンク魂を感じて悦にいっていたのである。アホである。


その後、そのナッパ服はボクの学生演劇の初舞台の衣裳になった。たまたま作業員の役だったからなのだが、オヤジの労働で着古され、息子の普段着にされ、最終的に舞台衣装にまでなった国鉄のナッパ服はそれはそれで充実した生涯をまっとうしたのではなかろうか。



(まつお・すずき 作家・演出家・俳優)

季刊 真夜中 No.14(リトルモア)より



松尾スズキ(まつお・すずき) 作家・演出家・俳優
1962年福岡県生まれ。小説に『宗教が往く』『クワイエットルームにようこそ』『老人賭博』ほか、著書多数。
岡本太郎役として主演したドラマ「TAROの塔」のDVDが好評発売中。


吉野英理香(よしの・えりか) 写真家
1970年生まれ。1994年、東京綜合写真専門学校卒業。以降ストリートスナップを中心に内外で作品を発表。個展に「Enoshima Zero Meter」「Eleanor Rigby」ほか。写真集『ラジオのように』(オシリス)。
季刊誌「真夜中」

季刊誌「真夜中」

2008年4月創刊の季刊誌。


文芸を軸に、写真、絵、デザインなど、あらゆる“表現”をジャンルにとらわれず掲載。毎号、「恋」「子ども」「信仰」「旅」「音楽」「科学」「映画」「ノンフィクション」と多岐にわたる特集テーマのもと、作家 たちの織りなすアンサンブルの妙が光る記事を展開。
想像することの素晴らしさと楽しさを提案し続けている。

http://www.littlemore.co.jp/magazines/mayonaka/