SHIPS<strike>と</strike>の人  休日はアルパインクライマー/総務部・太田計介 SHIPS<strike>と</strike>の人  休日はアルパインクライマー/総務部・太田計介

SHIPSの人
休日はアルパインクライマー/総務部・太田計介

2015年、SHIPSは40周年を迎える。そこで、これまでは「SHIPSと人」というタイトルで同社と関係の深い方々に登場していただいていたが、今年は特別に「SHIPSの人」を紹介。3回目となる今号は、休日ともなれば山岳地域にある岩壁を登っているアルパインクライマーの太田計介が登場。この夏に挑んだ、中国でのクライミングについての話を伺った。

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ーー夏休みを使って中国での岩壁登攀に挑戦されたということですが、具体的にはどんな山を目指されたのですか。

太田 今回は四川省にある標高5592mの「セエルデンプー」、中国名で「野人峰」という岩壁を目指しました。当初は「羊満台(ヤオマンタイ)」を登るはずだったんですけど、行ってみたら地元の企業みたいな人たちに阻まれまして。もちろん、政府の許可は取っていたんですけどね。通常、ポーターやコックなどを現地で雇うんですが、かなり法外な値段を請求されまして、それなら別の場所にしようということで「セエルデンプー」になりました。

ーーやはり中国ではスムーズに行かないことも多そうですね。

太田 チベットとの国境近くなのですが、かつてこのエリアは外国人が立ち入れない場所だったんです。ですが、東京農大で高山植物の研究をされている大内教授という方がいらっしゃいまして。彼はクライマーでもあって、いまから17年前くらいに高山植物の研究でこの場所に入られたんです。その際に、5000〜6000mクラスの山で、まだ未踏の場所がたくさんあることを見つけたんです。

ーーまさに秘境の地ですね。その山は地元の人も登っていなかったんですか。

太田 平地にはチベット民族が住んでいてヤクを放牧していたりするんですけど、彼らは岩山には興味がないんです。

ーー暮らしていくうえでは、岩壁に登る必要はないですもんね。

太田 そうなんです。今回は、僕が所属している山岳会と大内教授が親しくしていたので、そのツテで登ることができて。大内教授はすでに70歳なんですけど一緒に登りました。

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到着してすぐのベースキャンプ。あいにくの雨模様。

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目指す岩壁。写真から見える範囲で800mあるが、頂上はそこからさらに200mほどある。

未踏の地なので登山道はないんですよ。進めそうなルートを探しながら登っていく

ーー今回はどんな日程で目指したんでしょうか。

太田 僕は後発隊だったので、日本を8月15日出発して23日まで。期間としては短いですね。まず飛行機で中国の成都に到着して、そこから車で約8時間かけて標高3200mのところにある現地の民宿に着きました。そこからさらに車で30分行ったところから登り始めて、約7時間くらいかけてベースキャンプを目指しました。

ーーベースキャンプまでは登山道ですか。

太田 誰も登っていないので登山道はないんですよ。かなりの急斜面なんですけど、進めそうなルートを探しながら登っていくんです。帰りに迷わないように目印をつけながら。

ーーすでにそこからキツそうですね。荷物はどれくらいのものを。

太田 重いものはポーターが背負ってくれるので、僕は45?のアタックザックで約10Kgくらいですね。ポーターはひとり70?くらいのザックだから25Kgくらい。彼らは大変ですよ。

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ーーどんな装備を持って行かれるんですか。

太田 今日持ってきたのがそのときの装備なんですけど、φ8.5mmの50mロープ、各種カラビナ、ナッツ、ボルト、カム、ピトン、ユマール、確保器とかのクライミングギアですね。あとは寝るとき用のマット、シェラフカバー、ウールのタイツ、フリース、インナーダウン、ハードシェルの上下。2日間での登頂を目指していたので、食料はアルファ米っていうお湯を注ぐだけで食べれるものを朝晩、朝晩の4食。それ以外はパワージェルとか羊羹とかおやつみたいなものだけを持っていきます。他に共同装備を分担するんですけど、岩を登るときは7人でバーナーヘッドを計2つ、ガス缶を計4つとか決めてみんなで使います。

ーーアルパインクライマーは1gでも減らしたいって本当なんですね。

太田 そうですね。クライミングギアのひとつひとつは軽いんですけど、これだけあると重くなりますし。重いほど体力を消耗しますから。

寒いし怖いし、ほとんど寝れない

ーーでも、シェラフ(寝袋)じゃなくててシェラフカバーっていうのが驚きました。

太田 ただの薄いナイロン一枚です。でも、これを被るだけで風はしのげるんで。ライトもランタンは重いから持っていかないです。登るときはヘッドランプですけど、電池の消耗を抑えたいのでベースキャンプではロウソクですね。

ーーロウソクなんですか! 確かに軽いですし、使い切れば荷物は減りますもんね。でも、いざクライミングを始めたら、岩陰みたいな場所を見つけて寝るんですよね、それって寝れるものですか。

太田 寒いし怖いし、ほとんど寝れないですね。このマットも通常サイズのものを半分に切っているんですが、肩とお尻の一部が付けばいい感じで、あとは座ったままとか。また、未踏のルートだと、どこに寝れるスペースがあるかわからないので見通しが立たないんです。そこが面白いところでもあるんですけど、常に場所を探しながら登っていきます。

ーーうわぁ〜、でも日没から日の出までは動けないわけですよね。それってかなり長時間だと思うんですが。

太田 そうですね。食事をする以外は基本的にじっとしています。

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今回のクライミングに太田さんが持って行った装備。

ーーここで一旦整理すると、15日に中国に到着されて、民宿に16日着いて。

太田 先発隊が16日にベースキャンプを張ってくれていたので、僕らは17日に合流しました。でも、あいにくの雨で、翌日までずっと止むのを待ってたんですよ、そうしたら18日の夜から雪が降ってきまして。19日にはだんだん積もってきて、深夜になる頃にはテントが埋まってしまい、酸欠になって雪かきをしたほどです。20日の朝には辺り一面雪景色になってしまって。

ーーえぇっ?

太田 完全に想定外。本来は日本の夏の標高3000mくらいの気候で、寒くても0℃くらいのはずなんです。

ーーそうなると、装備的にも話が変わってきちゃいますよね。

太田 そうなんです。みんなフラットソールのクライミングシューズでしたし、ピッケルもアイゼンも持ってなかったので、結局登れなかったんですよ。

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一夜明けて様変わりしてしまったベースキャンプ周辺。

これはヤバイって感じでした

ーーうわぁ〜。でも、下山するのも一苦労じゃないですか。

太田 これはヤバイって感じでしたね。傾斜がゆるいところにベースキャンプを作ったので、岩壁についた雪がどんどん落ちて溜まってくるんです。最終的には雪崩も起きちゃって。ですから、ベースキャンプに荷物を残したまま下山しました。運良く、翌日にちょっとだけ天気が良くなったんで、荷物はどうにか撤収できましたけど。

ーーそれにしても残念でしたね。

太田 そうですね。登山家の三浦雄一郎さんのチームが持っている、低酸素室でトレーニングとかもしてたんで。通常、標高5000mくらいで酸素は地上の半分くらいになるんです。そういう環境で走ったり、そこにあるクライミングウォールを登ったりして。

ーーこれまでに怖い思いとかはありますか。

太田 一歩間違えればっていうのはありますね。昨年も穂高の屏風岩に登っていて、ラストワンピッチくらいのときに、水が浸みている岩に足を滑らせて落ちちゃったんです。幸い下の人がすぐにロープを引いてくれて、10mくらいの落下ですみましたけど、お尻をおもいっきりぶつけてしまって。

ーー手に無数の傷がありますけど。

太田 このくらいの傷はいつもありますね。クラックっていう岩の裂け目に手を入れて、指を広げて支えたり、グーにして支えたり、肘を入れたりしますから。

ーーうわぁ。やはり一番の達成感は山頂に着いたときですか。

太田 僕は山頂ですね。クライミング中は、楽しみつつも常に極度に緊張していますから、早く稜線に抜けたいという気持ちも強いんです。その緊張感から解放され、山頂を踏んだときの充実感は、何ものにも代えがたいものがあります。

都会で足を踏まれたくらいではイラっとしないです(笑)

ーー次いきたい山はどこでしょう。

太田 とりあえずは「セエルデンプー」のリベンジをしたいですね。僕らが目指したルートからの登頂だと世界初になるんです。これまでアメリカのふたり組しか頂きを踏んでいないんですけど、僕らが目指したのは彼らとは逆側の北壁。いわゆるノースフェイスと呼ばれる、太陽が当たらず寒くて風も強く、とても困難な北側斜面の岩場。是非もう一度チャレンジしたいです。

ーーでも、アルパインクライミングをやっていると精神面が鍛えられそうですね。

太田 鍛えられますね、チームで登っていても所詮は個人プレイなので。万が一足の骨を折ってしまっても、自分でどうにかして降りなきゃいけないですから。なので、日常生活で落ち込むことはほとんどなくなりました。都会で起きる小さなことは気にしなくなりますよ。足を踏まれたくらいではイラっとしないです(笑)。

ーーあははは、山での体験に比べたらそれはそうでしょうね。すごく刺激的なお話でした。次回チャレンジされたとき、また聞かせてください! 今日はありがとうございました。

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太田計介 Keisuke Ohta

SHIPS 総務部 課長
大学卒業後、アウトドアブランドでアルバイトをしていた際に、先輩に誘われてマウンテンバイクや登山の世界に目覚める。30歳を過ぎた頃からクライミングへ。
現在は、毎週末のように山でクライミングを楽しんでいる。