ネイビーをもっと着こなそう! ファッションの基本である、NAVY(ネイビー)の歴史的変遷 ネイビーをもっと着こなそう! ファッションの基本である、NAVY(ネイビー)の歴史的変遷

ネイビーをもっと着こなそう! ファッションの基本である、NAVY(ネイビー)の歴史的変遷

ネイビーをもっと着こなそう!
ファッションの基本である、NAVY(ネイビー)の歴史的変遷

SHIPS'S EYE

SHIPSのコーポレートカラーでもあるネイビーは、老若男女が認める上品おしゃれの基本カラー。しかし、数ある色のなかで何故ネイビーがここまで定番化したのだろう? そこで今回は、日本のファッション黎明期から活躍し、現在はSHIPSのメンズ クリエイティブアドバイザーを務める鈴木氏に、ブレザーを中心としたネイビーの歴史的変遷を聞いた。


――まずはネイビーが人に与える印象について教えてください。

鈴木 ネイビーは、品性や知性、信頼をイメージさせる端正な色ですよね。黒は最上級の礼節を意味しますが、ネイビーはそこまでの窮屈さはない。また、肌や髪の色の違う西洋人から、髪の黒い東洋人まで幅広く合うのが特徴です。といっても、東洋人は堅い感じに、西洋人は柔らかい感じになるなど、ニュアンスは多少変わりますね。

――世界各地で古くからあった色だとは思いますが、洋服の世界でいうと発祥はどこになるのでしょう。

鈴木 英国海軍の制服として採用されて以来、ずっと海を舞台に存在してきた色ですね。英国海軍の歴史は古いですし、各国の海軍もそれを真似てネイビーを採用していったのだと思います。NAVY(ネイビー)は海軍の意味でもありますしね。セーラー服も、もともとは下士官の作業着。潮風で襟もとが寒いので、防寒のために襟が大きくなっている。おさげヘアも、長い航海で髪が伸びてしまったものを編んだのがきっかけで、それを女の子が真似するようになったんです。もちろん、上官たちは航海中もちゃんと散髪していました。


――ネイビーと聞いて真っ先に思い浮かぶアイテムはブレザーですよね。

鈴木 ブレザーがパーソナルなものとして使われるようになったのは、1800年代初頭のケンブリッジやオックスフォードといった英国の学校からです。そこでのクラブ活動や、ソサイエティのなかで好まれたんですよ。ファッション的には、ブレザーはコントラストで着こなせることがポイント。ネイビーブレザーに、グレーのパンツを合わせることで、よりカジュアルでリラックスした雰囲気が生れます。先ほどお話ししたように、ネイビーは黒よりも窮屈さがないですし、それでいて品がある。そんなところが若い学生たちに好まれたんだと思います。

――ネイビーブレザーが日本で定番アイテムになったのはいつ頃ですか?

鈴木 日本人からすると、ネイビーブレザーはIVY(アイビー)ファッションの象徴みたいなところがありますよね。そもそもIVYリーグと呼ばれるハーバードやイェールといった学校は、英国のフランチャイズなんです。そこでもソサエティが生まれ、ネイビーブレザーを着ることが一種の自己顕示欲につながった。そんな彼らのプレステージ感が、1950年代半ばくらいから徐々にファッションとして広がっていったわけです。言葉が悪いですけど、なんちゃってIVYが街へ出てきた。「ブルックスブラザーズ」や「J-PRESS」といったブランドは、もともとアメリカに来た英国移民の暮らしをサポートする上流階級のためのお店だった。それがだんだんとファッション好きが集まるお店になっていったんです。そんなアメリカの流行をキャッチしながら、1962年に日本で「VANヂャケット」が誕生して、60年代半ばにはみゆき族と呼ばれる若者たちを中心に大ブームとなっていく。

――1ドル360円で、もちろんインターネットもない当時の状況から考えると、意外に早くアメリカのトレンドが入ってきたんですね。

1940年代の米国海軍の着こなしがわかる写真集。鈴木氏は古本屋などをコツコツと周り、このような資料を大量に所有している。

1800年代初頭の雑誌『Vanity Fair』(世界最古のファッション雑誌)より。当時、カジュアルなスタイルの一例として、ネイビーのジャケットがすでに登場している。「1800年代初頭から1900年代初頭にほとんどのファッションは出揃っているんです」(鈴木)

ロンドンにあった「WELCH.MARGETSON」というブランドによる、1903年の商品カタログ。クラブジャケットの例としてネイビーのブレザーが紹介されている。海軍のユニフォームがルーツのため、ボタンは金属が使われ、また紋章のような柄をクラブ単位で沿揃えた。

鈴木 そうですね。でも、60年代後半くらいにみんな飽きてくるんです。アメリカも近代化のなかで、どんどんと新しいものが生れましたから。そのあたりから、日本ではヨーロッパの影響を受けたものがトレンドになっていく。サンローランやシャネル、ディオールといったブランドが次々とプレタポルテ(既製服)を始めたことで、まず女性たちの意識が変わっていきました。そんな彼女たちが素敵だと思う男性像として、ヨーロッパの空気感を取り入れたトラッド、「ニュートラ」が生まれていくわけです。アメリカも似たような状況で、ヨーロッパのテイストを取り入れた「ラルフローレン」などが生まれてくる。

――なるほど、そういう歴史があるんですね。今日はいろいろと資料を持ってきて頂きましたが、着こなしなどで参考になる映画などありますか?

鈴木 映画のなかでのネイビーブレザーは、記号として使われることも多いんです。ひとつは上流階級の出身であるということ。その他にはカジュアルさという意味があります。また、学生と社会人では、カタチが同じでも意味が変わってきます。『ティファニーで朝食を』(1961)では、ちゃんとした社会人ではないですが、自称作家のホリーが5番街をネイビーブレザーで歩いています。学生たちのサマーホリデーを描いた『ボーイハント』(1960)では、東部のIVYリーガーとして主人公がネイビーブレザーを着ています。その他にも、『昼下がりの情事』(1957)では富豪のカジュアルな着こなしとして、『華麗なるギャツビー』(1974)ではIVY出身者として登場してきます。

映画『ティファニーで朝食を』の日本版パンフレット。白黒写真なのでわかりにくいが、自称作家のホリーがネイビーのブレザーを着用している。

映画『ボーイハント』の日本版パンフレットとVHS。主人公は東部のIVYリーガーとして、ブレザーを着用して登場する。

――ブレザーではないですが、日本ではネイビーのスーツがリクルート活動の基本だったりもしますよね。

鈴木 そうなったのは、やはりネイビーが信用や信頼を表現する色だからですね。日本だけでなく、金融などお金を扱う職業の人は限りなくネイビーで、限りなく無地を義務づけられていることがありますよ。人間は見た目から判断することが多いとされていますから。柄物のスーツは遊びの空気はありますが、信頼・信用を売る仕事には適さないとされている。ネイビーの人のほうがしっかりしてそうでしょ(笑)。でも、ネイビーのスーツって同じように見えて、実はすごく差が出るんですよね。つまり、その人の個性が出るアイテムでもある。

――最後に、ネイビーをうまく着こなすためのアドバイスがあれば教えてください。


鈴木 ネイビーのスーツやジャケットを着ると、背筋が伸びる気分がしますよね。一方で、保守的なものでもあるから、年中付き合っていると退屈してしまう面もある。なので、うまく彩りを盛り込みながら、コントラストを楽しんで欲しいですね。また、ネイビーが一着あればOKみたいな、とりあえず的な風潮には警鐘を鳴らしたいです。実はすごく奥が深い色なので、こだわってネイビーを着こなすだけで、すごくオシャレなコーディネートが完成する。皆さんもいろいろと研究して、ネイビーの新しい魅力を発見して欲しいですね。

――今日はありがとうございました。

2013年10月10(木)〜 第1弾キャンペーンスタート!この秋、SHIPSはブランドカラーであるネイビーをさらに躍動させ、お客様にワクワク気分を感じて頂くキャンペーンを開催します。全国のSHIPS店舗におけるビジュアル表現はもちろん、ウェブ上ではスペシャルサイトを開設。ギミックの利いた動画や音楽とともに、ファッションに欠かせないネイビーの魅力を全身で感じて頂ける内容となっています。是非、この機会にネイビーの楽しさを発見してください。

http://www.nnnavy.jp/

鈴木 晴生

潟Vップス 顧問 メンズ クリエイティブ アドバイザー

子どもの頃、父親がメールオーダーで取寄せたシアーズの服を着る。その後、「サーフサイド6」などの米国テレビドラマに影響を受け、映画のファッションに憧れて名画座に通い始める。1966年、VAN JACKET INC.に入社。後に店舗管理職へ。1970年にテイジン メンズショップへ入社後、店長研修で米国を巡る。シャンタルデュモ「エーボンハウス」ブランドの企画に従事した後、独立して「メッサーフリッツ」ブランド(メンズ・レディス)を立ち上げ。1996年、シップスに入社。企画部長・執行役員を務め、2006年ワインレーベル フォー シップスをスタート。現在は顧問・メンズクリエイティブアドバイザーとして在籍。